肥前国唐津藩(現在の佐賀県)生まれ。東京大学工学部の前身である工部大学校造家学科の第一期生で、主席で卒業したため、官費留学生に選ばれロンドンで本場の建築を学ぶことを命じられた。帰国後は工部省営繕課に入り、工部大学校教授として母校の教壇に立ち、後輩の教育に尽力した。辰野は自らのことを「俺は頭が良くない。だから人が一する時は二倍、二する時は四倍必ず努力してきた」と語っていた。辰野の設計は頑丈で、「辰野堅固」と呼ばれた。
<主要作品>
1896年 日本銀行本店(重要文化財)
1912年
日本銀行旧小樽支店
1914年
東京駅(重要文化財)
1918年 大阪市中央公会堂(重要文化財)