大蔵省営繕を拠点に数多くの官庁設計を手がけ、明治時代の官庁営繕組織を確立した。1878年工部大学校造家学科に入学し、ジョサイア・コンドルに学んだ。しかし、中途退学してアメリカへ留学し、コーネル大学で学士号を取得した。1885年に帰国した後、東京府に勤務、1886年には臨時建築局に勤めた。大蔵省では税関、港湾、煙草・塩専売などの施設建設に当たった。
<主要作品>
1904年 横浜正金銀行
(現・神奈川県立歴史博物館)
1911年 横浜新港埠頭倉庫
(現・
横浜赤レンガ倉庫)
1916年 山口県庁舎